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2006年11月24日 (金曜日)

信三郎帆布と一澤帆布

というわけで、この日は、信三郎帆布と一澤帆布にも行ってきた。

一澤帆布は、昔から知っていたが、あのネームタグがいやで、買わなかった。ところが、東京時代に、一澤のかばんを持っている人をちらほら見かけて、京都人としてのアイデンティティを確かめたくて、逆にあのネームタグ「京都市東山知恩院前上ル 一澤帆布製」が恋しくなった。

はじめて買ったのは、白いトートバッグ。「いつでも修理しますからね」の店員さんの言葉がうれしかった。東京でも、自慢げに愛用していた。

値段は高かったけど、とても丈夫。今でも、だいぶ汚れたが、愛用している。

ただ、相続で、ごたごたがあって、もとの一澤帆布の方は、社長も職人さんも、あらたに一から「信三郎帆布」を立ち上げざるを得なくなった。一澤帆布を継いだ、信三郎さんのお兄さんも、職人と帆布の仕入先を一から探しての再スタート。

淀屋橋から、京阪自慢の二階建て特急に乗って、三条へ。

この二階建て車両、特別料金もいらない。ただ、京阪は、JRや阪急に比べて、時間がかかる。京阪特急も、勝負をあきらめて、ずいぶん停車駅が増えた。

進行方向左側に座って、淀川の景色を堪能。

淀の高架工事もだいぶ進んでいる。ただ、まだ一つ残っている建物が。どうしても、鉄道事業者寄りの見方になってしまうので、早く工事が進めばいいのに、と思ってしまう。しかし、あの建物の中の人にも、思いはあるはず。自分の建物の前後に、高架の橋ができていて、自分の建物が壊される前提、ってどういう気持ちになるのでしょうか。

三条からは、徒歩。この日はとても天気がよく、空も高かった。iPodで、京都出身、つじあやのを聴きながら。もともと、路面電車が走っていた道路なのだが、久しぶりに歩いたら、えらいきれいに見えた。なんでかな、と思っていたら、電線を地中化して、電柱を撤去していた。私は、路面電車推進派なのだが、電線のない街は、きれい。電線の保守の人は大変だろうが。どうでもいい話だが、レミオロメンのロメンは、路面電車が好きなメンバーがいて、その名にしたらしい。

東山三条から、知恩院は北のはずと思って、北に向かう。ただ、これは大きな誤りだった。実際、知恩院は、三条より南。ずいぶん遠回りをしてしまった。相変わらず、思い込みが激しいし、京都に昔住んでいたのに、こんな間違いをするとは。まあ、いい散歩にはなった。仁王門通りは歩いてみたかったし、徳成橋からの景色はなかなか。

迷った挙句、信三郎帆布と一澤帆布に到着。平日だから物はあるだろうと思っていたら、甘かった。どちらも、商品はほとんど売り切れ。まあ、平日とはいっても、行楽シーズン真っ只中だし。

一澤のほうにあった、小さいトートバッグを購入。店員さんの変わらぬ「いつでも修理しますから」の一言が、やっぱりうれしい。店員さんには罪はない。

信三郎さんでも買いたかったが、帽子しかなかった。

私は、信三郎さんが、一澤帆布を継ぐべきだったと思っているし、あの最高裁の判決(内容がまったく違う遺言書が二通あったが、信三郎さんのお兄さんが店を継ぐという遺言書が、おかしいとは言い切れない)には疑問を感じる。一澤のネームタグは変わらないが、その中身が変わっているのは、悲しい。

和解して欲しいけど。兄弟も、こうなったら、いやだね。

とにかく、今は共存共栄で。

皆さん、また書くけど、信三郎帆布のほうが、職人さんも、帆布も、もとの一澤帆布のものである、ってことは覚えていてね。

ただ、今、どちらの製品も、ネットオークションで、結構な値段になっている。転売目的の人が儲けて、本当に製品が欲しい人に、お店の値段で行き渡らない現状は、悲しい。

もう少し待とうよ。そのうち、どちらも、製品がたくさんできてくるから。私は、それまで待ちます。

信三郎さん、いつか買わせていただきますからね。

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